「鳥栖市健康福祉みらい部健康増進課管理栄養士」
松永 靖子さん(81N)
豊富な職務経験で培ったスキルが今の仕事にも活かされて

新たな病院の立ち上げの経験がその後のキャリアの芯に

中村の臨床栄養学の授業で、食で病気の予防や治療ができることを知り、心を動かされて迷いなく病院栄養士を目指しました。希望通りの道に進み、総合病院と老人病院で経験を積んだ後、新中間病院の立ち上げに栄養科の責任者として参画することになりました。当時、私はまだ25歳。同病院は先進的な情報システムを導入するということもあり、自分にとって思い切ったチャレンジでした。勉強のため見学に行った同規模病院に中村の卒業生がいらして、食事箋を見せてくれるなど親身になって対応してくださりありがたかったです。救いの手もあり壁を乗り越えることが出来ました。立ち上げ業務は困難の連続でしたが、この時の努力と経験はスキルとして身につき、キャリアを重ねる上で自信になったと思います。私の職業生活でのターニングポイントだっとといえるでしょう。その後、結婚に伴う筑後地方への引っ越しのため退職。子育てによる7年間のブランクを経て、家庭とのバランスをとりながら再び働き始めました。給食委託会社での給食業務の立ち上げと栄養士の指導、障がい者施設での栄養管理、小学校での食物アレルギー対応や食育授業、専門学校での栄養士・調理師育成などの職務経験を重ねました。

鳥栖市民の健康づくりに貢献 腎臓病の患者さん対象の教室も

平成24年から鳥栖市保健センターで、食の面から、胎児期から老齢期までの市民の健康をサポートする業務に携わり今に至っています。離乳食教室や健康と食の出前講座の講師、離乳食や生活習慣病やフレイルに関する栄養相談、保健指導・訪問指導などに取り組んでいます。また、病院栄養士時代は人工透析センターのある病院にいたこともあり、その頃からずっと腎臓病について勉強を続けてきました。腎臓病を治す特効薬はないので、透析導入を延伸するには食事療法が重要です。平成25年からボランティア有志(そらまめの会)で腎不全末期の方を対象にした食事療法の教室を定期的に開催しています。講義と調理実習を行うのですが、長年の教室参加者の方に「まだ自分が人工透析になっていないのはこの教室のおかげ。ありがとう」と言っていただけるのが大きな喜びと励みになっています。もうすぐ65歳になり、鳥栖市役所を退職します。その後もそらまめの会の活動はもちろん、できる限り食と健康に関わり続けていけたらと考えています。山河会のアクティブシニアの皆様、仕事に趣味に暮らしに・・・これからも人生を楽しんでまいりましょう、エイエイオー!!

 

松永さんの活動内容


病院栄養士としてスタートして以来、積み重ねてきた職歴の幅の広さと授業や講話を数多くこなしてプレゼンスキルを磨いていったことが、今の仕事に活きているという松永さん。鳥栖市保健センターの様々な講座や腎臓病の食事療法の教室では、基本的に講演者を任されている。ユーモアを交えながら分かりやすく説明してくれると講座や教室の参加者に好評のよう。「人前で食や健康について話す自分が、太りすぎたり痩せすぎたりしていてはいけない」と、週に2~3度スポーツクラブに通い続けて約15年。有酸素運動や筋トレに励み、健康維持に努めている。